院長ブログ

顎関節症の治療

前回に続きまして、顎関節症の治療についてお話させていただきます。

 

1)顎関節症の治療の一般

顎関節症はいったん発症すれば悪循環を繰り返すものであり、さまざまな病因、病態が存在するので、その治療も単一治療のみでは治癒させることはできないし、画一的には行えない。

原則的には早期にその主な原因に対する治療を行うことにより、悪循環を遮断する事が大切である。炎症性のものや全身系統疾患の一部症状として顎関節に症状を現しているものに対しては、その根本療法がまず必要である。全身系統疾患が素因となり、それに局所的主因が加わって発症しているものなどには、同時に歯牙、咬合に対する歯科的原因除去療法が必要である。

いわゆる顎関節症では、顎関節部(骨、軟骨、円板、靱帯など)は治癒機転がきわめて緩慢であるため、器質変化の先行する骨関節炎は別として、それら組織に器質変化がひき起こされないうちに処置することが肝要である。

疼痛や雑音、機能障害等に対し、顎の安静、理学療法、鎮痛、筋弛緩剤の投与や運動練習などの対症療法でまず症状の緩解をはかったあと、原因除去に移る。

慢性に顎関節に作用して局所原因となっているものの大部分は、顎筋の特発的異常拘縮、歯牙疾患、歯牙咬合状態の異常による筋拘縮、異常顎運動等の異常刺激である。筋原性や過剰運動性によるものに対しては、理学療法、除痛処置や鎮痛・筋弛緩剤の投与も原因療法となりうる。

しかし咬合、咬交の変化からのものが最も多く、それらに対する処置が必要であり、原因除去療法のきわめて重要な位置を占める。

次いで、器質変化を伴う症例には、機能的治療装置(F.K.O.様装置)で顎関節部の負担軽減を行い、器質変化の治癒への誘導をはかる。経過をみて必要な場合は外科的に処置を行う。

なお患者には、自宅療養の重要性を十分に説明し、開口制限や顎運動練習を行わせる。

以上を一応の治療の基本方針として処置を進めるとよい。

本症は筋機能、咬合、顎運動などの機能異常や器質変化が互いに影響を及ぼしながら悪循環を繰り返して憎悪してゆくものであって、一定の病状、病態でとどまるものではない。

したがって主な原因と思われるものに対する処置に重点をおかなければならないことは当然であるが、あまり一原因にのみこだわらず、広く効果を示す治療法を用いる事が得策であり、治癒に導く近道でもある。具体的には鎮痛剤や筋弛緩剤をそれぞれ単味で投薬するよりも、両者の合剤を用い、また単なる咬合挙上板よりも顎関節骨構成部の安静、筋訓練と、顎運動調整の効果を期待しうるF.K.O様装置を応用した方が良い。

歯に物が詰まった人のイラスト(男性)

 

2)治療法の個々について

①理学療法

赤外線、低周波、超音波などを除痛、機能回復、局所循環改善の目的で応用する。特に神経性疼痛、筋拘縮性疼痛や単純性外傷による関節炎に有効である。

 

②顎運動練習

顎運動の異常や不規則性の矯正を目的とするものと、顎運動の機能不全の回復を目的とする2つ(ア、イ)に整理し適宜応用する。

ア.開口運動練習

開口時の軌道不正を矯正し、その原因となり結果となっている筋の不協調を治療する目的で行う。患者に鏡を見させながら開口運動をさせ、偏位するほうに手を当て軽く力を加え、正しい軌道になるよう矯正させる。異常運動による疼痛や筋不協調によると思われる雑音に有効である。

イ.側方、前方、開口運動訓練

受動的あるいは反射的に行い、それぞれの筋肉の適度な伸展をはかり、異常筋拘縮の除去や機能障害の回復の治療を目的とする。手指で強制的に側方、前方及び開口の運動を適当に行わせるようにするものである。またそれらの運動時に手指で抵抗を与え、その抵抗に打ち勝って運動させる能動的方法も効果的である。筋拘縮性疼痛や運動機能異常や不全の治療に有効である。

これらの訓練、練習はいずれも1日数回、1回約3分ずつ行わせ、翌日に疼痛をひき起こさない程度にとどめるよう注意する。

薬のイラスト

③薬物療法

本症の薬物療法には、

a. 生体の過剰感受性抑制の目的で使用される精神安定剤の投与

b. 組織修復反応を亢進させる目的で使用される栄養剤やビタミン剤やホルモン剤の投与

c. 除痛ならびに筋肉の異常拘縮の除去により悪循環を遮断する目的で使用される鎮痛剤や筋弛緩剤や抗神経性ビタミン剤の投与

などが含まれる。

鎮痛、筋弛緩剤の投与は筋拘縮に原因した疼痛、閉口障害、軽度の雑音を有し、しかも初期のものに有効であり、完治させうる症例もあるが、他に原因のあるものや、既に器質変化の伴うものでは、薬剤療法は対症療法にすぎず、本療法のみで完全治癒を期待する事は不可能である。

しかし著しい器質変化を伴い強い雑音を主訴とする症例以外の大半は、本療法によって十分症状がコントロールされるので、まず一応用いるべきである。

投与により症状がコントロールされた時期に、根本的な原因療法であるう歯の処置、抜歯処置、不125適合補綴物の除去や簡単な部分的削合による咬合調整などの一時的原因除去療法を行うようにする。

 

④局所麻酔剤の注射

除痛を目的とし疼痛に関連した悪循環の遮断を期待する。

通常、顎関節周囲部やそれぞれの咀嚼筋部などで疼痛あるところに、キシロカインなどの局所麻酔剤の浸潤麻酔が行われる。顎筋の圧痛部と顎関節頭後方への局所麻酔を用いる。

筋性、咬合咬交の変化性による筋の拘縮のための運動痛、機能障害を有する症例、また機能不全の症例に対する運動練習の補助としても有効である。

 

⑤副腎皮質ホルモンの顎関節部注射

単純外傷性関節炎や、疼痛を有する症例で、諸種検査で非炎症性であることが確実な症例が適応となる。本療法がきわめて有効な症例もあるが、多くの場合は対象療法にすぎない。

通常、関節腔内(特に上顎関節腔)へのプレドニゾロンは約10mg、ハイドロコーチゾンの場合は25~50mgの注射を行う。手技は上顎関節腔への造影剤注入の手順に従う。関節腔内に入れずに顎関節周囲部への注射も簡便でかつ有効である。

4~5回の注射を行っても効果の十分でない場合は投与を中止し、不必要な、また長期の使用は避けなければならない。

注射後、数時間疼痛を訴える場合がまれにあるが、これは反応性のものである場合が多いと考えられるので、鎮痛剤の投与や温湿布を行う。

 

⑥F.K.O.様装置の応用による治療

この装置の応用は顎関節骨構成部の安静、また関節円板を含む顎関節部の器質変化の治癒への誘導と筋訓練などの効果が期待でき、機能的保存療法といえる。

単純な咬合挙上板やマウスピースなどを応用する場合もあるが、これらでは筋訓練は期待できない。

F.K.O.様装置の応用による治療は、器質変化を伴うと思われる顎関節雑音を主訴とする症例、頑固な疼痛で薬物療法で十分な効果のみられない症例、顎運動の軌道不正や頑固な開口障害などの機能不全のある症例などが適応となる。また本装置は、臨床的症状消退後の再発予防や、慢性関節リウマチなど全身系統疾患患者の顎関節部へその症状の発現予防に応用しうるものである。

使用後は1ヶ月に1~2回の間隔で経過を観察し、歯牙の移動などを起こさせないよう注意する。特に弱年者で歯牙萌出の顎発育の途上では、本装置の使用がそれらに障害を与えないような注意が必要である。約3ヶ月の時点で効果を見て、治療方針に検討を加える事も必要である。

 

⑦歯牙疾患ならびに咬合に対する処置

顎関節部に異常を引き起こしていると思われる口腔・歯牙疾患、不適合補綴物、咬合干渉歯や早期接触歯などに対する処置である。このようなものがあれば咬合、咬交の変化を起こし顎関節症発症の上に直接的に関与する。

したがってこれらに対する処置は、根本原因療法として必須の治療法であり、顎関節症の治療上きわめて重要である。

しかしながら、咬合の変化により本症を起こした症例でも、既に器質変化まで発展しているものでは、単に歯牙・咬合に対する処置の身では治癒に導き得ない場合がほとんどであり、F.K.O.様装置の応用や、外科的処置が必要であることを念頭に置くべきである。

⑧外科的療法歯医者のイラスト「治療中」

本症の外科的療法には、顎関節円板切除手術、顎関節頭形成手術、および顎関節頭部分切除手術などがある。

適応症例は、保存療法で効果の認められなかった頑固な雑音、疼痛や開口・咀嚼障害など機能障害を有する症例で、特に顎関節頭部や円板に著しい器質変化や形態以上の認められる症例である。

前途のいずれの手術法を応用するかは、その器質変化の存在部位や程度により決定するが、円板切除の適応される場合が最も多い。これら手術法については古くより多くの報告がある。

皮膚縫合には形成外科的縫合を応用し、ほとんど瘢痕を残さずほぼ満足すべき結果を得ている。

 

術後は2~3日手術部に圧迫包帯を施し安静にする。経過を見て可能な限りF.K.O.様装置を使用させるようにする。術後約1~2ヶ月は軽度の開口障害と開口時手術側への下顎の偏位などがみられる場合が多いが、適当な運動訓練をおこなわせればだいたい約3ヶ月くらいで正常となり、その他の関節症状も消退する。

 

⑨自宅療法の教育

疾患には医師と患者が一体となり、その克服にあたらなければならない。慢性疾患では特にそうである。

顎関節症もきわめて慢性の経過をことが多く、患者の理解と自宅での養生が大切な点を説明する。同時に定期的に経過観察をすることが大切である。

1.睡眠を十分に取り、適当な全身運動をして体調を整え、精神的な緊張を取り除くよう心がける。

2.異常開口運動、過度の開口、過度の咀嚼や頬づえなどの悪習慣などに注意し、顎関節部の異常、過剰刺激を加えないよう心がけること。あくびなどの際も注意する。

3.正常な開閉口運動の練習や強制開口運動訓練など、自宅で根気よく続けるよう心がける。

 

 

 

以上、顎関節症について原因、発症機序、診断ならびに治療についてでした。

少しでも参考になれば幸甚です。

最後までお読みいただきありがとうございました。